20246830
上野森美術館(東京)



新たな表現獲得のために


既成の書的情緒を否定・拒絶してきた九楊が、なぜ古典文学に挑んだのか──。九楊にとって古典への挑戦は新領域への序章でもあった。代表作「歎異抄」「源氏物語」はじめ「李賀詩」「徒然草」「方丈記」「良寛詩」など日本・中国の古典文学を題材に、つねに新たな表現の地平を達成してきた。この時空を超えた壮大な「書の宇宙」を体感ください。




「李賀詩 感諷五首」(五連作のうちの一つ)992年、360×192cm×五点
「二十にして心すでに朽ちたり」と書いた中国唐代の「夭折の天才詩人」李賀詩の作品。九楊は李賀詩の主題を「涙」ととらえ、東アジア特有の美学であるニジミを過剰なまでに多用し作品化。李賀詩ではこのほか「贈陳商」、「将進酒」などがある。





「源氏物語五十五帖 椎本」2008年、59×99cm
「源氏を書かないと日本古典文学を書いたことにならない」と九楊は語る。源氏物語五十四帖に、表題だけで本文のない光源氏の死を表わす「雲隠」帖を加え、「源氏物語書巻」と命名し発表。7ヵ月をかけて全五十五帖を書き上げた。「椎本」は当シリーズのなかの一作品。一行一字(いわゆる右行縦書き)で書いた圧倒的な筆蝕の書。





「萬葉歌四首」2010年、60×95cm
「萬葉仮名」、つまり漢字を一文字ずつマス目状に萬葉集の世界を表現した作品。精巧に計算された構成と、精緻な筆蝕で一点一画を書き上げた、まさに「モダンアート」のような作品。





「徒然草No.221993年、95×62cm
No.23まである徒然草シリーズの総仕上げにあたる作品。同シリーズはこれまで基本的に横長の紙面に展開されてきたが、ここでは縦長に伸長した紙面のなかに「白い歎異抄」と「黒い歎異抄」を混在させ、狂おしいまでの「逆説」の世界を表現している。






「方丈記No.5」1988年・1989年、109×90cm×二点
コマ割りのなかに物語が展開する表現は、この方丈記シリーズから始まった。絵巻物を意識して、マンガや絵本が一コマずつ進んでいくように、各コマごとに物語が完結しながらも、その物語の世界が次から次へ連綿とつながっていく。





「正信偈」2019年、60×95cm
「正信偈」は親鸞の主著「教行信証」のなかの一部。「帰命無量寿如来 南無不可思議光」で始まる「正信偈」は、蓮如の「白骨の御文」とともに浄土宗の法要でなじみ深い。親鸞は一字書くたびに涙を流し、一字一涙の思いで書いたと伝えられる。九楊にとって最新の古典作品。