20247328
上野森美術館(東京)



「言葉の表現」としての書を


書は「文字を書くのではなく、言葉を書く表現」である。聖書の言葉を題材にした若き日の代表作「エロイ・エロイ・ラマ・サバクタニ」や日本の現代詩、そして「忘れ去られた俳人」の句、さらには現代社会の混沌と病理をえぐる最新自作詩など、九楊不変のテーマである「言葉の表現」としての作品群を一挙に大公開します。




「エロイ・エロイ・ラマ・サバクタニ」1972年、270×341cm
みずから「若き時代の記念碑的」と語る作品。イエスが十字架上で発した最期の言葉「エロイ・エロイ・ラマ・サバクタニ(神よ神よ、どうして私をお見捨てになったのですか)」を主題に、さまざまな言葉の断片をコラージュした。灰色に染めた紙に、鉛筆やペンのような筆蝕と速度で書き連ねた。あえて書のタブーに挑むことで「書的情緒」への抵抗を試みた。





谷川雁「おれは砲兵」1976年、68×86cm
九州の炭鉱出身の詩人・運動家で、60年代の新左翼運動に思想的影響を与えた谷川雁の初期の詩を書いた作品。灰色の紙に罫や汚れの跡のような補助線を多用、いかにして「書道作品」と訣別するかを模索していた苦闘の時代の代表作の一つ。





「もしおれが死んだら世界は和解してくれと書いた詩人が逝った──追悼吉本隆明」2012年、60×95cm
九楊は学生時代に荒地派の戦後詩人たちの詩作品に出会うが、とりわけ吉本の詩と言葉に深く共感。以降、その詩を作品化したほか私的にも交流した。吉本の死に遭遇した空虚感のなかで、その出会いから永訣までを綴った追悼の自作文作品。





「『ヨーロッパ』の戦争のさなかに」2023年、95×60cm
ロシア・ウクライナ戦争を題材に「なぜ戦争はなくならないのか」と問いかけた最新作の一つ。これまでに獲得したあらゆる技法を結集して大胆に仕上げた。中央を上下に走る黒い円の表現は砲弾か。「9・11」の作品以降、現代社会を痛撃する自作詩文作品を発表し続けている。





「河東碧梧桐一〇九句選」より「牛が仰向けに四つ脚が縛られとる霜」2022年、24×34cm





「河東碧梧桐一〇九句選」より「夜も鳴く蟬の灯明りの地に落る聲」2022年、24×34cm
「句が書であり書が句である」と評する碧梧桐句から一〇九を選び作品化。近現代の俳壇から無視され、その存在さえ「消しゴムでゴシゴシと消された」碧梧桐だが、革新を重ね俳句を近代的表現に高めた仕事は、書家・石川九楊のそれと重なる。一〇九句選のなかの二作品。